吉岡心平のマーク

タム5000形5007

私有貨車

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タム4900形
タム5100形

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[ロット表]


タム5032

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第320週
第322週

積荷
●構造

入口


 今回は10両しかなかった戦前製のタム5000形を取り上げる。

 タム5007は昭和19年5月日車本店製で、5004〜5009の6両ロットの一員である。
 昭和19年といえば物資欠乏が激しくなり、車両の増備自体が不可能に近くなっていた時期で、さすがに軍用タンク車の実力と言えよう。

 落成時は表板のないタンク受台やターンバックル式の帯金など、戦中製のタサ700形に類似する構造だったが、昭和33年造機でタンク体を新品と交換したため、一見すると新車と見まごう外観となった。タンク体は頂部がフランジ構造となった

ドームを持ち、タンク受台も造機の特徴である小型のものを新製した。
 台枠以下は種車のものを使用したため、戦前製の特徴である150mm幅チャンネルを用いた細い側梁は、そのまま受け継がれている。走り装置は一段リンク式から、ヨンサントウで二段リンク式に改造された。

 落成時の所有者は相模海軍工廠・常備駅は四ノ宮口であった。敗戦後は五工薬品KK所有となり、勿来駅常備となった。昭和33年にタンク体更新に前後して、常備駅はそのままで呉羽化学工業KKに移籍した。昭和49年11月、老朽塩酸タンク車淘汰の対象となり、経年30年で廃車となった。


タム5000形5007の写真

【写真321】 タム5000形5007 昭和49年4月18日 越中島駅にて P:吉岡心平

この写真は吉岡写真CD−ROM第3巻に「P00160」として収録されています。


【第321週】061022作成R4A、070905R4A2、080914R4BY、131219R4C。