吉岡心平のマーク

ホキ3500形3511

私有貨車

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ホキ3100形
▼ホキ4050形

 番号
[ロット表]


ホキ3518

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特別編664
特別編666

積荷
●構造

入口


 ばら積セメント専用車の第一号は、東京都が小河内ダムのセメント輸送用として製作したタキ2200(後のホキ1初代)形であることは既に述べた。同形式は我国初のカバードホッパ車として日立・汽車・日車で各2両づつ競作されたが、外観・構造はメーカー毎に大きく相違し、いずれも一長一短があったようである。
 翌年、これらの使用実績を反映し、初期量産形と言えるタイプが登場した。今回紹介するのは、このグループである。

 ホキ3511はホキ1初代形11初代として、昭和28年11月日立で製作された。ホキ10〜12の3両ロットであった。昭和38年7月のホッパ車改番で、ホキ3500形3511となっている。

 設計比重は1.3(見掛け)、ホッパ容積は26.8mであった。

 車体は全鋼製溶接構造で、ホッパは前後2つに分かれ、傾斜はそれぞれ線路と直角である。これ等は後のホキ3500形と同様だが、特徴的なのは中央部が盛り上がった屋根で、積込口も四角形のもの3個、車体中心線上に並んでいた。
 台枠はホッパに干渉する部分の中梁を省略したタイプで、このため側梁・端梁はすべて300×90mmチャンネルを用いた。長さは8,800mm・BC間距離は5,800mmで、短BC間のためホッパ車台車改造の対象となり、台車は落成時のTR41CからTR41Dに改造された。

 落成時の所有者は東京都・常備駅は氷川(現在の奥多摩)であった。昭和32年のダム完成により、昭和33年11月に日本セメントKKに移籍し大久野駅常備となった。昭和36年4月には高麗川に移動し、改番後もそのまま同駅を基地としていたが、昭和53年3月に廃車となった。


【特別編665】060502作成R4A、070630R4A2、081010R4BY。

ホキ3500形3511の写真

【写真1665】 ホキ3500形3511 昭和51年5月15日 拝島駅にて P:吉岡心平

床下の空気配管は荷卸し性改善のため、改造により追加されたようだ。