吉岡心平のマーク

タキ20100形20100

私有貨車

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タキ20000形
タキ20300形

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特別編22
特別編24

●積荷
●構造

入口


 横浜の四條さんから、次のようなメールを頂戴した。
 「吉岡写真CD−ROM・第2巻を購入しました。この中のタム10407(写真番号P00077)の背後に、同一形状のハッチが仲良く2つ並んだタンク体が見えていますが、何と言う形式のものでしょうか?」

 その答はタキ20100形で、35トン積亜硫酸ソーダ液専用車として、昭和45年11〜12月にかけて富士重で30両まとめて製作された。
 タキ7750形に良く似ているが、積荷が粘稠なためタンク体を中央に向かって1/100で傾斜させた。更に上出し方式の液出管を車体中央に設置したため、マンホールはその左右に2個設けられている。これが今回質問にあった仲良く並んだマンホール蓋の正体だが、別に2室構造になっている訳ではない。また荷卸に用いる空気圧力を、

通常より高い2kg/cm2に設定したため、加圧口はマンホール蓋ごとに1個づつ、合計2個設けられていた。

 落成時の所有者は東邦亜鉛・常備駅は安中だが、所有者は昭和46年1月〜52年10月までは扇谷興業KKとなっていた。運用は、昭和50年代半ばまでは安中から岳南鉄道比奈への亜硫酸ソーダ輸送に使用されていた。当時、比奈駅と岳南富士岡駅の間には私鉄では珍しい立派な貨車ヤードがあり、その奥にあった取卸線に一列に並んでいた姿が目に浮かぶ。昭和58年10月に専用種別を「重亜硫酸ソーダ液」に変更したが、これについては設計当初から折込済だったようで、外観・構造は変更せずに済んでいる。昭和59〜62年にかけて25両が淘汰されたが、タキ20114、21、24、26、27の5両は、いまだに車籍が残されているようだ。


●同一専用種別 タキ26000形26000二代 昭和50年富士重製で、タンク体はステンレス製。


【特別編23】010215作成、010430写真1023の2追加、040121R4、040305リンク追加、050504R4A、071106
R4A2、100418R4BY。

タキ20100形20100の写真

【写真1023の1】 タキ20100形20100 昭和54年1月18日 東港駅にて P:吉岡心平

タキ20100形20127の写真

【写真1023の2】 タキ20100形20127 昭和62年12月30日 宮下埠頭駅にて P:吉岡心平