[HOME]  [明治・大正のタンク車] ▲前の戻る ▼次へ進む

2009/11/11 R1.0

ア1545形 7噸積油槽車
[M39中村文治]中野寛一 中1〜7(7輌)→小倉常吉 中1〜7(7輌)→ア1601初代形1601〜1607(7輌)
→ア1545形1545〜1551(7輌)→タ1形24,25(2輌)

大正4年にア1601初代形から改番された7噸積油槽車。所有者は中野鉱業部である。明治39年に中村文治制作部で新製され,当初の中野寛一で記号番号は中1〜7であったが,実際の使用者は原油販売先のインターナショナルオイルカンパニーと小倉商店であった。その後小倉常吉に譲渡され明治44年にア1601初代形に改番された。大正4年には中野鉱業部に戻り,これに伴って本形式に改番された。同44年に定められた車輌称号規則では,所有者別に形式を区分したため,所有者が変更になると形式を変更(改番)する事態になったのである。さすがに大正末期には中止されるのだが。

タンク体は容積8.7m3(306ft3)の4ピース構成の直円筒形でドームは偏って設けられ,吐出弁操作ハンドルはタンク胴板上の直接取り付けられていた。タンク体の固

 

定は,一般的な横木方式ではなく,台枠に四角形の台座を設け,この中にタンク体を落とし込み2本の締金でタンク体を固定する簡易的な構造である。台枠は鋼木合造構造のようである。

大正4年中野興業に社名変更,7年の受渡場所制度新設では新津駅が指定された。10年には,自動連結器取替の準備として中梁の取付と縦締棒の取替が一部の車輌に実施された。大正13年12月には1546〜1549,1551の5輌が状態不良車として廃車され,残る1545,1551に台枠改修を伴う自動連結器取付改造が行われた。昭和3年にはこの2輌がタ1形24,25に改番された。昭和18年中野興業の合併により帝国石油所有となり,共同企業を経て昭和21年に全車,日本原油輸送所有となった。昭和28年にはタ24が,31年にタ25が廃車された。

諸    元
 
形  式 ア1545
製  造 M39中村文治
容  積 8.67m3(306ft3)
荷  重 7噸
自  重 5.50噸
換算比重 0.81
タンク内径 1524mm(5' 00")
タンク長さ 4750mm(15' 7")
台枠長さ 5512mm(18'1")
軸  距 3048mm(10' 0")
走り装置 シュー式
ブレーキ 車側制動機
 
 
明治44年貨車略図

写真1 タ25
P:福田孝行所蔵

 

昭和20年代の撮影でア1545形の末期の姿である。台枠は戦前に側梁を残し端梁や中梁の木製木製部材が鋼材に置き換わっていることがわかる。端梁にバッファの取付穴が無いことに注意してほしい。タンク体はオリジナルのようで台枠との固定はセンタアンカ方式に改造されている。