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2009/10/28 R1.0

ア1500形 7噸積油槽車(タンク車)
[M33,40神戸工場] 鉄道作業局ユソ1〜20(20輌)→ア1500形1500〜1519(20輌)→タ1形1〜20(20輌))

明治33年と40年に各10輌が鉄道作業局神戸工場で新製された7噸積油槽車。鉄道作業局が蒸気機関車の燃料として石炭と混燃させる重油の輸送用として自前で用意した。登場時の記号番号はユソ1〜20で,明治44年にア1500形1500〜1519に改番された。

蒸気機関車の燃料に重油が使用されたのは明治31年の碓氷峠が最初で,ユソ1〜10登場後はこの重油輸送に使用されたと考えられる。重油は石炭と異なり煤煙や灰分の発生量が少なくトンネルや急勾配線区での使用が効果的であるが,石炭に比べ価格が高い欠点があった。明治40年以降になると重油の供給量が増加するに従い価格は徐々に低下し,重油混燃区間は松本−長野間,福島−米沢間,八王子−上諏訪間の急勾配線区に拡大していった。この急増した重油輸送用として7噸積のユソ11〜22,5噸積のユソ23〜25と8噸積のユソ26〜31が登場している。

 

容積は7.6m3と小さく荷重7噸から求めた比重は0.92となり重油用として製造されたことが分かる。タンク体はリベット組立の鉄製円筒形でドームは偏って設けていた。台枠の構造は不明であるが,大正14年の自動連結器改造を無事乗り切ったことから側梁のみ形鋼を用いた鋼木合造と推測される。タンク体の固定は当時の標準的構造である横木方式ではなくワイヤーロープを襷がけにした簡易的なものであった。新製時には安全弁は無く,後に設けられた。ブレーキは車側制動機のみであった。

明治期は中部管理局専属であったが大正になると東京管理局に異動した。昭和元年の称号改正では車種名が油槽車からタンク車に変更され,昭和3年の称号改正ではタ1形1〜20に改番された。敗戦後16輌が在籍していたが老朽車淘汰の対象として昭和27年までに全車廃車となった。

諸    元
形  式  ア1500
製  造  M30,43神戸工場
容  積  7.59m3(268ft3)
荷  重  7噸
自  重  5.45噸
換算比重  0.92
タンク内径 1448mm(4'9")
タンク長さ 不明
台枠長さ  5512mm(18'1")
軸  距  3048mm(10'0")
走り装置  シュー式
ブレーキ  車側制動機
 
 
 
 
明治44年貨車略図